イントロ ~ コトの始まり。

オートバイの原体験は、小学生になるかならないかの頃、近所の酒屋さんがカブの様なバイクの荷台に、その辺で遊んでいた私たち子供を乗せてその辺を一周してくれた記憶が一番最初でした。その頃の少年達の自転車は16インチ位のものが多くて、スピードなど出るものではありませんでしたから、おそらく30~40km/hだったと思われるそのスピードもとても速く、脚の筋力ではなく、内燃機関が生み出すパワーの力強さが記憶されています。

もっとも、その後は特にバイクに傾倒するでもなく、フツーに高校まで進みます。

この頃、バイクのプラモデルでスズキのRG-Γを作ったことを覚えています。水色の縞々のいわゆるスズキワークスカラーでした。

ですがそれだけ。なぜか読んだモーターサイクリスト(たぶん)でRG-Γの三代目あたりが特集されていて、「じゃじゃ馬」と表現されていたのが記憶に残っています。この頃も特にバイクに憧れているというほどではないので、バイク雑誌なども特に熱心に読んでいなかったはずです。

大学に入って、地域の売ります買います系の地元のミニコミ紙に「すまいる」という黄色いペーパーがあって、それで入手したホンダのスカイというスクーターに乗るようになりました。それに乗っていたときも、趣味ではなく、あくまで自転車の代わりでしかありませんでした。もっとも、かなり手入れをしてやったりして、タダでもらってきた割には頑張ったと思う。アーマオールの効果は感動したものです。バイトへの通勤の為の足として、約3年間活躍してくれました。(1991年~1993年くらいでしょうか)その後、メインのバイクがVT250FEになってからもしばらくはセカンドバイクとして利用していましたが、会社員になってからは、完全に用がなくなってしまって、廃車し、バイクの回収業者に引き渡しました。ということで私の免許は原付から始まっています。

私の入った大学は地元の三流大学ですが、キャンパスに駐車場がないので、現実的な通学手段としては、電車かバイクというものでした。スカイで2度ほど行ったこともありましたが、若干距離があり、手がしびれてスカイではまともに通えないため、中免を取得します。いや、どうせ取るつもりではありましたが。

この中免がまた教習所がエラく混んでいて、非常にとるのに難儀したのが印象的でした。1日キャンセル待ちしてても1回も乗れなかったりするのです。

次は、スカイに遅れること1年ほどで個人売買で入手した、VT250FEというバイクになります。2スト単気筒のスクーターから4ストVツインのバイクになるまで、入手後、中免を取れるまでの時間差がありました。多分1991年頃入手して、中免の取得は1992年か93年になると思います。それまでは自宅で屋外保管されていました。

VT250FEは主に通学バイクとして、大学への通学に使用することが多かったです。電車で行くよりはゆっくり家を出られますし、帰ってくるのも早かったので、大変重宝しました。

そしてやはり、会社員になると電車通勤になり、乗る機会がなくなってきて、時折箱根にソロツーリングに行ったりする位でした。

1998年、弟とANAのスカイツーリングで、北海道へ、

1999年、弟と妹と陸路で北海道へツーリングをしています。陸路って東北道で青森まで行って青森からフェリーで上陸するんです。

弟や妹はこのころから、結構バイクという趣味に傾倒していたようですが、二人に言わせると、私はVT250FEをさほど面倒みるでもなし、あるがまま乗ってる感じで、あんまりバイクは好きじゃないように見えた、とのこと。まあ、確かに走るようには維持していましたが、とくにこだわりがあるわけでもありませんでした。

それが、2000年、このあとバイク仲間になるそね君がXJR400というバイクを購入したことで転機が訪れました。せっかくだからツーリングに行こう、ともう一人、バイク乗りだった友人のまっちいを入れて3人でツーリングをし始めました。まっちいとは、お互いにバイクに乗っている事は認識していたし、お互いそれぞれバイクに乗って同じ友人宅に遊びに行ったりしてた事もありましたが、まっちいと私で2人でツーリングに行く、などということはこれまでありませんでした。

そして、会社の取引先でいろいろお世話になっている方が、私がすでに大型免許を取得していて、VT250FEから大型バイクに乗り換えるつもりであることを知って、その資金の足しにでも、と倉庫に死蔵していたVツインマグナを譲ってくれたのです。VT250FEの子孫に当たる4ストVツインのエンジンを積んだ250ccアメリカンです。思えばこのころイメージしてた大型バイクは、ホンダのCBR1100XX、VFR800、ヤマハのサンダーエースなどでした。

そして、自分で手続きをして譲っていただいて乗ってみると、どうもキャブの調子が悪いようだったので、スカイやVT250FEでこれまでもずーっとお世話になっていたウイング遠山千葉店さんでキャブのOHをやっていただいたんですね。

その仕上がりの確認も込めて、Vツインマグナで例の友人達と箱根ツーリングへ行きました。アメリカンで箱根の峠道は最悪です。たしか大観山から椿ライン方面に行ったと思うのですが、バンク角が少ないバイクで箱根のタイトなカーブを曲がろうとすると、ステップ擦って冷や汗ものでした。さらに250ccだとパワーがないのでアップダウンもツライです。パワーのあるハーレーとかで走るとどうなのかは知りません。VT250FEは結構峠バイク的で、楽しんで走れていたのからすると対照的でした。

ツーリング日記 2000 9/15 箱根まっちいのページ

その折です。ターンパイクを上ってきて、まだ午前中の大観山のパーキングで休憩していると、みるみる集まって来る真っ赤なバイク達。心に響く独特のサウンド(Lツインサウンドと言うのですかね)とともに、あきらかに国産ではないオーラを纏ったバイク達。そして、みんな赤いくせにそれぞれが個性を強調しているバイク達。それがDucatiだったのです。そこには新旧いろいろ集まっているようで、さながら展示会のようでした。

んで、その中でも1台だけ、ほんとにたったの1台しかいなかったのですが、特別私の目を引きつけたスタイルのバイクがいたのです。916系などの直線的なフォルムとは明らかにデザイナーが異なることがわかる(SS900はピエール・テルブランチ/Pierre Terblanche氏、916はマッシモ・タンブリーニ/Massimo Tamburini氏)、グラマラスなカウリングの1台が、SS900だったのです。ベベルのSSと比較して先代の900SSをニューSSと言う人もいるので、適切な呼び名に苦しみますが、フューエルインジェクションを示すi.e.をつけてSS900i.e.とすると確実に新型SS900のことになるとか。でもこのi.e.も先代900SSのFinal Editionが終わるとあっさり取れちゃうんですよね。

Pierre Terblanche
ピエール・テルブランチ氏

ピエール・テルブランチ氏は、1992年SUPER MONOというシングルレーサーをデザイン。これは市販化を望む声が強い中、実現されなかった経緯があるそうです。そして現代に蘇ったSUPER MONOのデザインがSS900i.e.と言うこともできるでしょう。とはいえ私は当時を知りませんが(笑)。

SUPER MONO
SUPER MONO

さて、弟がカワサキのバルカン400乗り(別に兄弟揃ってアメリカン好きというわけではなく、弟はもともとアメリカン派で、私はたまたまアメリカンを譲ってもらう機会があった、というだけのこと)なのですが、それでお世話になっている、カワサキを扱っているライダースクラブさんが、ちょっと前から、ドカ屋さんも兼ねていまして、16号を挟んで反対側の第2店舗がドゥカティショップだったりして、ドゥカティを購入するには良さそうでしたので、今までホンダのバイクでお世話になってきたウイング遠山さんには申し訳ないのですが、この機会にドゥカティに乗り換えることにしました。まだよく調べてもいないうちにフラッと訪れた際に、店頭で出迎えてくれた中古のSS900で即決しました(笑)。欲しかったフルカウルの赤。タイヤの劣化が激しいので、すぐに交換になりそうなのはマイナスですが、しょせんタイヤは消耗品ですし、自分の好きなものに換えるという楽しみもあると思います、外装もキレイですし、まだ10,000kmも走っていないし、ならし運転は終わった頃ですし、フレームとホイールとシートがニューモデルの新車ではグレーになってしまうのに比べて評価できました。やっぱりフレームは金でしょう。

そして、「ドカ乗り」となったわけです。

では、引き続き納車時点での写真をいくつかご紹介しましょう。

SS900後ろ姿
写真第一号は後ろ姿から。
SS900は後ろ姿が美しいと思います。
全身ノーマルのまんま*1なところが、これから楽しみなところです。

SS900フロント・ビュー
前からの姿。
DucatiのSSシリーズは独特の顔つきですが、(VT250FEに比べて)明るいヘッドライトは楽ですね。

 

お気に入り部分のクローズアップショット。

SS900右センターカウル

中央の黒い部分から風を誘導して後ろのシリンダーを冷却します。
ラムエアじゃないです。
この部分のグラマラスさはすばらしいです。

SS900シート下

シート下がすかすかなのが妙に気に入っています。
マフラーの出口付近が焼けているのが気に入らないので、
マフラー変えるかも(笑)。

SS900右アンダーカウル

アンダーカウル。
テーマとして、フルフェアリングのバイクに乗りたかったので、
この独特の形状のアンダーカウルも気に入っています。
でも、せっかくツルツル・ピカピカだったのも、
前輪の巻き上げる小石などでどんどん傷だらけに…。
どうして10,000kmもこんなに綺麗なまま乗れるのでしょうか…。

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*1 間違ってました。どノーマルではなかったようです。